「……どうじで……なんでなの?」
ベッドの上でミシェルがあたしに話しかける。
……ミシェル……泣いてるの?
あたしはだまってミシェルを見つめる。
「グズッ……エルシーは、あだじといっしょに……泣いでくれないの……?」
…なく……。
あれ?そういえば……あたし、泣いたことないわ。
っとと、あたしはただのお人形。人間とおしゃべりはできないの。
「どうじだの……ナミダでないの?……それどもだれかに……ナミダ盗まれちゃっだの……?」
ミシェルは目にたまった涙を手でぬぐう。
そして、小さなウデであたしをギュっとだきしめた。
ちょ……ぐるじぃ……。
*********
夜になって、ミシェルはようやくねむったみたい。
ゴッっ!
「ウゲっ!」
あたた……。あたしの頭めがけてキックがとんできた。
ミシェルの足だ。
目の前をチカチカと星が舞う。もぅ……。
ミシェルのねぞうが悪いのは、今にはじまった話じゃない。
なれっこだけど、これじゃそのうち頭がモゲちゃう。
こういうときはベッドの外へにげるにかぎる。
あたしは毛布
をかきわけてベッドからとびおりた。
「やぁ、エルシーぃ。お気にいりはぁ、たいへんだねぇ。」
声をかけてきたのは、大きなクマのぬいぐるみ。
床にすわって、カベにもたれてる。カールってよばれてる。
ちなみに " エルシー " ってのはあたしの名前。ミシェルにつけてもらった。
「よかったらカールもどうぞ。代わってあげるわ。」
「ガっハっハっ!またぁ、今度にするよぉ。ミシェルのねぞうはぁ、すごいからねぇ。」
「ホント、それね。力まかせで……まるでカイジュウよ。」
「まぁ子供だからぁ、しかたないさぁ。おきのどくさまぁ。」
このてのやりとりは、あたしとカールのあいさつみたいなもの。
あたしたち人形やおもちゃは、夜になるとこっそり動きだす。
そして、今日の
出来事についてコソコソお話しをする。
でもこのことは、人間にはないしょ、ないしょ、ないしょ。
「それよりカールは泣いたことある?」
「ぼくかぃ?ここんとこはぁ、
覚
えてないねぇ。」
「やっぱり、人形って泣くことあるの?」
「そりゃ、泣くときだってあるさぁ。」
「あたし、泣いたことないわ。……やっぱりあたしのナミダって、だれかに
盗まれちゃたのかな?」
「どぉして?」
「ミシェルがそんなこと言ってたの。」
「なるほどねぇ……。それならさぁ、グランディに聞いてみたらぁ?」
「ヴっ……。」
その名前をきいて、あたしはちょっと言葉をのみこんだ。
" グランディ " というのはリビングにいるお人形。
瞳がガラス玉でクリクリしてて、キレイなドレスを着せてもらってる。
ミシェルのひいおばあさんが結婚したとき、記念に作ったものらしい。
この家のことも世の中のことも、むか~しから見てきてるんだって。
だからいろいろと知ってる。
そんなグランディだけど、なぜかあたしには少しイジワルなところがある。
グランディのことはきらいじゃないけど……ちょっとにがて。
「ほかに知ってそうなの、だれかいない?」
「……ちょっとぉ、心あたりはないかなぁ。」
「う~ん……。」
しょうがない。わからないことをそのままにしておくと、頭がモヤモヤしてくる。
だったら、だれかに聞いてスッキリしたほうがいい。
あたしはトトトっとグランディのいるリビングにむかった。
ギィ……
ゆっくりととびらをおし開けた。
ミシェルのお父さんやお母さんも寝てる時間だ。
だれもいない真夜中のリビングは、明かりひとつない。
でも、月の光がマドから入ってほんのり明るい。
今は満月だ。
グランディはキャビネットの上、部屋が見わたせる一番いいところにかざられている。
「こんばんは。」
「ん?これはこれは、エルシーじゃございませんこと。オホホ、ごきげんよう。」
「あのね、聞きたいことがあるんだけど。」
「あら、めずらしいですわね。なにかしら?」
「そりゃまぁ……あるんじゃないかしら。」
「あたしね、泣いたことないんだけど。」
「あら?そうなの。それなら……ちょっとお待ちになって。」
そう言うと、グランディはトンっトンっとかろやかにジャンプして、キャビネットから下りてきた。
あたしの前にきたグランディは手をグーにして、いきなり……
ドゲシッ!
「ゲッ!!!」
グーパンチであたしの頭をどつきたおした。
「ちょっと!いたいじゃない!!」
「ごめんあそばせ。こうすると、涙
のひとつくらい出るものなのよ。」
「えっ!……そうなの?」
「でも……出てないみたいね。ザンネンですわ……。」
そんな……ひどい……。
「ミシェルが言うにはね、だれかにナミダを
盗まれたんじゃないかって。
そんなことってあるの?もし盗まれたんだとしたら、だれが持っていっちゃたの?」
「エルシー。あなた、ナミダがないの?」
「うん。」
「これは、大変ですわ!ナミダはだれしもが持つ、いわば心のようなもの。それがないとなると……あなた、悪魔になってしまいますわっ!」
「ウソっ!やだっ!!!」
「……ウソよ。オホホホ。」
そう言ってニタッとわらった。
あたしはほっぺをパンパンにふくらませて、グランディをにらみつけてやった。
グランディはいっつもこうだ。
乱暴だし、なんでも知ってるくせに、すなおに教えてくれない。
あたしを子供あつかいして、楽しんでる。
《 そういうのって、イジワルだ!》
そう言おうと思ったとき、
ガタッ! と、もの音がひびいた。
あたしは背すじにビビッと電気がはしり、あわててテーブルの足に身をかくした。
グランディもサッとあたしの後ろにかくれる。
人形が動いてるところを、家の人に見られでもしたらたいへんだ。
だって人間には内緒のことだから。
でも……リビングに誰かが入ってきたようすはない。
不思議
におもっていると、
本棚
とカベのすき間から小さなカゲが出てきた。
小さな体に、トンガリ帽子。
どうやら音のぬしは小人みたいだ。
小人が家の中に入ってくることは、たまにある。
木の実をたくさんおいていったり、子供のせわをしたり。
人間が失失くしてしまった大切なものを探しだし、見やすいところにそっと置いててくれたりもする。
きっとの人間のよろこんでる顔が見たいのかな?
でもこの小人はなにやらおかしい。
すごくコソコソしている。
ぬき足…
さし足…
しずかに台所のほうへと行ってしまった。
「……なんかヘンな小人さんね。」
「あの小人さんなら昨日も見ましたわ。よくあることですし、気にもとめませんでしたが……」
「昨日も来てた? ほんとう??」
グランディの言葉に、あたしは思い当たることがあった。もしかして……。
あたしはソロリソロリと小人のあとを追った。
台所をのぞくと、小人が
戸棚
のチーズをガリガリくだいている。
やっぱり!
「この、チーズどろぼう!!!!!!!!」
あたしは大声でどなってやった。
びっくりした小人は戸棚からころげおちた。
すかさず、あたしは小人めがけてダッシュ!
つかまえようととびかかったが、ひょい!とかわされた。
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小人はチーズの入った袋をかかえて、タタタッとすばしっこくにげる。
そのにげ足で、あっという間にリビングのほうへとすがたを消した。
しまった! にげられた!!
でも次のしゅんかん、
「はなせ!はなせ! コンチクショぉぉぉ!!」
小人のわめき声が聞こえてきた。
「ドロボウはぁ、だめだよぉ。」
あっ!あの声は……
あたしはいそいでリビングに行くと、カールがフワフワの大きなうでで小人をだきかかえていた。
小人は逃げられないとカンネンして、床にへたりこんだ。
あたしとカールは仁王だち。
「……すんません……。」
「あんたねぇ!すんませんですんだらケーサツいらないでしょ!いったいどうゆうつもり?きのうもチーズとったでしょ?
あんた、そのせいでミシェルがチーズを食べたってことになって、ママにおこられて、泣いちゃったのよ!どうセキニンとるわけ?セ・キ・ニ・ン!!」
「まぁまぁ、エルシーぃ。おちついてぇ。」
「だって……。」
そこへグランディがわって入ってきた。
「あら?あなたコボルトじゃございません?」
「……グランディ。この小人、知ってるの?」
「まぁ、この方と直接の知り合いってわけじゃありませんけど……。コボルトという小人たちがいますのよ。でも、めずらしいわ。悪さをする小人じゃございませんのよ。」
「……ほんとうに……すいませんでした。…できごころで……。」
「コボルトさん。人の物をだまってもっていくのは、たしかに感心できませんわ。」
「そうよっ!」
「オホホ。きっと " 良いココロ " をだれかに
盗まれたんじゃなくって?」
「え!? ココロを盗まれた? だれに!?」
「…そうね。おおかた " 魔女 " …といったところかしら。」
このあと、コボルトは「二度としません。」とやくそくしたので、にがしてあげた。
とても反省していたので、カールも「たぶん、だいじょうぶぅ。」と言ってた。
グランディがいうには、コボルトは幸せをはこんでくるような小人らしい。
人間の子供がつかうようなイスやテーブルを作ったり、こわれたものを直してくれたり。
とってもはたらき者なんだって。
それがどろぼうするなんて……やっぱり魔女が良いココロを盗んだんだ。
「ねぇ、グランディ。魔女が良いココロをとるってほんとう?」
「ん?ほんとうよ。ゆび先ひとつで呪文
をとなえますでしょ。すると、ココロを石や宝石のかたちにして持っていきますわ。かんたんよ。」
「なんでそんなことするの?」
「魔女はなんでも魔法のざいりょうにしますのよ。良いココロ、悪いココロ、ネタミ、ソネミにエトセトラ。」
「グランディって、どうしてそんなこと知ってるの?」
「わたくしにも、いろいろとココロエがございますのよ。」
「そうだっ!もしかして、あたしのナミダも魔女にとられたんじゃ。」
「へ…?……ぇえ、ぁ〜…。そうね。魔女ならできるわね。魔女のような気がするわ。オホホ。」
やっぱりそうだ。
あたしのナミダは魔女がもってる。
ちゃんと、かえしてもらおう。
そして、こんどミシェルが泣
いちゃったときは、いっしょに泣いてあげるんだ。
そうときまれば……、
「ちょっと、魔女のところまで行ってくる!」
あたしは、満月の光がてらす外の世界へととびだした。
つづく
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