あたしは今、川にいる。

朝、魔女に『チビスケ。魚っといで。』って言われたから。

糸とつりばりがついた竹のサオと小麦粉こむぎこのエサをもたされた。

これで魚がとれるらしい。

ほんとに?

やったことないけど……やるっきゃない!



*********



「それっ!」

ぽちゃ……

あたしはさっそく川に糸をたらす。

つり針には水でねった小麦粉がついている。

それにしても大きな川だ。あたしからは向こう岸がぼんやりとしか見えない。

ミシェルのお家の近くにあった川はもっと小さかった。

男の子ならエイヤッで飛びこえられそうなやつだ。

こんな川、はじめて見た。

大量の水がゆっくりゆっくり流れていくのが分かる。




あたしからちょっとはなれた岩の上には、カラスのバズーがいる。

ここまで連れてきてもらった。

遠くを見ているバズーの目が、ときおりキラリと光る。

あたしのこと、きっと見張みはってるんだ。

「ねぇ。ちょっとお話ししない?」

「………。」

バズーはおうちでもぜんぜんしゃべらない。カァーって鳴きもしない。

でも、バズーはあたしたちが何をしゃべってるかちゃんと分かってる。

「ランダさんの言いつけはすぐ聞くのにね。」

あたしはちょっとイジワルに言った。




空を見上げる。

ドンヨリ、くもり空だ。

《 雨とかふってこない?》と心配になる。

はやくお魚を釣って帰ろう。

そうそう。魚つりのコツはグランディに教えてもらった。

「いいですこと。魚は最初、コンコンっと小さく糸が引っぱりますわ。でも、サオはジッと動かさないんですのよ。
そのうち魚がギューと糸が引っぱってきたら、思いっきりサオをあげるんですの。
そうするとお魚の口につり針が引っかかりますわ。あとはガンバッて釣りあげてくださいな。」

やっぱりグランディってすごい。なんでも知ってる。

あたしはワクワクしながら、足もとの川をのぞきこんだ。

ゆれる水面みなもに目をこらす。

エサがしずんでいるのが見える。

魚はいない。

「ねぇ、バズー。ホントにここにお魚いるの?今日はおルスってことはない?」

「………。」

バズーはチラッとこちらに目をやって、すぐに顔をそむけた。

ぶ~。

あれよね。ヒ・キョウリョクテキってやつ。

ちょっとくらい教えてくれたっていいのに。




しばらくはザッ―――という川の音だけをきいてすごした。

近くの川はゆっくりと流れているが、川の真ん中くらいになると、水が盛り上がったりヘコんだりとあらあらしい。

どこにお魚っているの?



ザバッっ  ボチャン……

川の中ほどでお魚がはねた。

「いたっ!!!!!」

あたしよりちょっと小さいくらいの銀色のお魚!

あたしは一度サオを川からあげると、お魚がハネたほうにむかって思いっきりエサをなげた。

「そぅれっ!!!!」

エサは小さくを描いて……ちゃぽっ。

サオも川につけて、なるだけ遠くに飛ばしたつもり。

お魚がいたところには、まったくとどいてない

それでも、つれるんじゃないかとドキドキした。

だって、おいしいエサがそこにあるんだ。食べていいんだよ〜。

あたしはお魚から見えないように、うつぶせになってかくれた。

へへへっ……。

……………………
……………………
………あれ?

すこし顔を上げて、川の中をのぞきこむ。

お魚は……どこかに行ってしまったみたいだ。

ちぇ…。





ポッ…ポポッポッ……ポポッ……

ドンヨリ雲から雨がパラついてきた。

あ~、やっぱりだ。

あたしはあたりを見わたすと、川っペリに木があった。

あの木の下なら雨をしのげそう。

「バズー。あたし、あそこに行くわ。」

声をかけると、バズーもチョンチョンとはねながらついてきた。

木の葉っぱがカサのようになって、雨にぬれることはない。

「うん、ここならだいじょうぶね。」

あたしはもう一度ポチャっとエサを川にほうりなげた。


ジャボっ…

とつぜん、川の中から知らない女の子が顔を出した。

目が 真っ暗で人間でないことはすぐにわかった。

『ねぇ、あんた。なにしてんのさ。』

その女の子が声をかけてきた。

「あなたはだれ?」と、あたし。

『はんっ?名前はまず自分から名のるのが礼儀れいぎでしょ!』

「あたしはエルシーよ。」

『ふ〜ん……。あたいはウンディーネ。この川じゃ " ウンディーネさま " ってことになってるから。』

「そのウンディーネさまがあたしに何かごよう?」

『なんであんたが聞いてんのよ!ギャクでしょ!あたいが、あんたに何してんのかって聞いてんでしょ。』

すっごい上から目線で話してくる。


「………お魚をつろうと思って……。」

あたしのセリフを聞いたウンディーネは、ここぞとばかりに手をスッとあげた。

『ヤロウども!』

すると川から20ぴき以上のお魚が顔をだした。

『わらいな。』

ウンディーネが合図をだすと、いっせいにお魚がわらいだした。

ギャハハハハァァハハハアハハァァ!!!!!
ヒィヒィヒィァァァヒュヒュァァアアアァ!!!!
シェヒャハハハァァァァヒャヒャァァアァ!!!!
ギョギョギョギャギャァァアァハハッッ!!!!
ビャビャビョォォォギャホ……ゲホゲホッ……

お魚たちは大わらいだ。

ピョンピョンととびあがるもの。

パシャパシャとわらいころげるもの。

ビッタンビッタンと尾で水面すいめんをたたいてわらうもの。

わらいすぎて息が止まるんじゃないかと思うようなもの。

ウンディーネはニヤニヤとあたしを見くだしている。

『やめ。』

ひとしきりわらうと、ウンディーネの合図でお魚はストップした。

「どうしてそんなにわらうの?」

あたしの言葉に、お魚たちの小さなわらい声がもれる。

『あんた、おバカぁ?あたいたちが、あんたごときにつられるわけないじゃん。ヤロウども、もう一回わらってやんな。』

「でも……魔女のランダさんがお魚を食べたいっていうから……。」

ギャハハハ……ピキッ――――っ
シ――――――――――――――ン……

お魚の動きがびょうで止まった。まさにコオりついたみたいだ。

川の水でぬれているはずのウンディーネから汗みたいなものが見えた。

『……え〜と、あんた、魔女のなんなのさ。』

「今、いっしょに住んでるの。召使めしつかいをやってるのよ。あそこにいるのはランダさんのカラス。バズーっていうの。」

20ぴきの魚たちが、クルッとバズーのほうを見た。

目がギョギョッてなってる。

ウンディーネは笑顔えがおをひきつらせている。

『はは……あたいたち、なにもしてないから……なにも言ってないからね……。』

「?今、わらってたでしょ???」

『なにもしてナイっていったでしょ!!!!!……あっ……ごめんなさい。大きな声だしちゃって。あはは。えっと…あんた名前、なんだっけ?』

「エルシーよ。」

『そう、エルシー。あなたにひとつ教えてあげる。今日はイヤな予感よかんがするわ。この川はすぐに洪水こうずいになるからね。あんたもすぐににげたほうがいいわよ。それじゃ!』

お魚たちは一ぴき、また一ぴきと音もたてずに川にはいっていった。

ウンディーネも川にとけるようにいなくなってしまった。

そう言われても、あたしは帰るわけにはいかない。

《 まだ、お魚つれてないし……。》

また魔女におこられてしまう。

あたしはハリにエサをつけなおすと、また川に入れた。

サササァァサササァ―――ッ
パパパ……パパッ……パパッ……

雨が葉っぱにあたる音がはげしくなってきた。



*********

 

バババッバババヅヅヅバァアァァァ

雨がふり出してから、どれくらい時間がたっただろう。

今は雨がはげしいってレベルじゃない。

バケツの水がひっくりかえったような豪雨ごううだ。


ゴゴゴヅヅヅドゴゴゴォォッォォ

あたしは、足もとを流れるにごった川を木の上から見てる。

ウンディーネの言ったとおり、川が氾濫はんらんした。

「にげおくれちゃった……。」

あっという間だった。

こげ茶色の水のカベがズゴゴゴッ!って音とともにおそってきたのだ。

あわてて、なんとか木によじのぼって助かった。

にげるひまなんてなかったし、もし川原かわらを走っていたら流されてた。


……バズー、……どこだろ?

とつぜんの事だったから、声をかける余裕よゆうもなかった。

カラスって……そんなオマヌケさんじゃないよね…。

「だいじょうぶ。きっと飛んでにげてるわ。」

サオもエサも川に流されて、もうお魚は釣れない。

そもそもこんな川じゃ、お魚もずっと向こうまで流されてるかも。

あたしは泳げないし…空も飛べないし…、

「どうしよう……あらしがすぎるまでまつしかないか……。」



ズビュゥゥゥゥゥウウウビュィゥゥゥッ

突風とっぷうが吹きあれ、すっ飛びそうになったあたしは木の皮にしがみつく。

なんとかたえたが、風で木がユサユサと大きくゆれた。


ビシャァァァ!!!ガラガラゴロゴロゴロ………

雷鳴らいめいがとどろき、ビリビリと空気がしんどうした。

横からたたきつけてくる雨がはげしさをましてくる。

「あたし……帰れるわよね……。」

心には不安しかない……。

あたしはミシェルのことを思い出していた……。



バゴンッッ!!!!

つかまっていた木が大きくはずんだ。

木の根もとに岩か大木たいぼくか、その正体はうねる川で見えなかったが、何かがあたった。

「あっ……」

いっしゅんの出来事できごとだった。

あたしは木から手をはなしてしまった。

ちゅうにほうりだされ、頭から…川に落ちていく……。


――っ……
ポシャ―――…………

「あぶっ……!ちょ……っ……」

川から顔をだそうと、あたしはもがく。

《 たすけてっ…… 》

でも水の流れは見た目以上に力強く、もう無理だって思った。

波うつほどはげしい川の中にのみ込まれていく。

《 ……もう……ミシェル……カールに……会えないのか……な……》

目の前がぼぅっとして、少しづつ黒にそまっていった。




バシャバシャ  ゴボボゴボボボッ


……な…に……。

あたしは体がなにかに強くつかまれるのが分かった。

そしてそのまま川の中から引きづり上げられる。

バサッ―――バサッ―――バサッ―――


羽の音…はばたく音……?

れくるう川がうっすらとかすんで足元に見える。

気がつくと、あたしは空を飛んでいた。

目に見えているのは、大きな鳥のよう。

黒いカゲだけが目に入ってっくる。

《 ……バズーなの?》

大きな鳥の足があたしをしっかりとつかんでいた。

豪雨にうちつけられ、それでも鳥は羽を大きく動かし続けた。

強風がまさに縦横じゅうおう無尽むじんにぶつかってくる。

鳥はバランスをくずし、地面にたたきつけられそうになる。

それでも力をふりしぼって空へ空へ向かって行くのが分かった。

もしずみ、あたりはまっくらで目印はなにもない。

どこへ行こうとしてるんだろ……。




しばらくすると、地上にかぼそい明かりが見えた。

《 もしかして……。》

鳥は体を下に向けると、明かり目がけて急降下きゅうこうかした。

「わっ…わわっ……。」

真っ黒だったものが森の木々だったと分かってくる。

鳥は勢いよくその森にんでいく。

「ちょっ……まって……!!!」

ぶつかる!!!!

でも鳥は上手に木の枝をかわし、地面スレスレでつばさを大きく広げる。

すると、スピードが落ちてふわりと浮かぶ感じがした。

ヘロヘロ……。

あまりにトツゼンのことで、あたし終わったって思った……。




バサッバサッ

大きな鳥が地面におりたつ。

そこは、あたしの思っていたところだった。

魔女の家だ。

大きな鳥はよく見たらきょだいなカラスだった。

でも、バズーじゃない。



きょだいなカラスはあたしをポイッと足からはなす。

そして、ピョンピョンとはねてあたしからはなれた。

シュルゥゥ……ボフッ

きょだいなカラスはドス黒いケムリにつつまれた。

キラキラとにじ色の光がもれてくる。

ケムリから出てきたのは―――魔女だった。

『やれやれ……ひどい目にあったよ。ケケケ…。』

「えっ?……ラン…ダ……さ……」

魔女はあたしの言葉をさえぎって、あたしをつまみ上げた。

そして、そのまま家のドアの取っ手に手をかける。

ギギギギギ……



「エルシー!!!!」

よく知ってる声が聞こえた。

グランディが走ってこっちに向かってくる。

魔女はズブぬれのあたしをグランディにほうりなげた。

暖炉だんろでかわかしなっ!』

「ちょ、ととと……よっ!……。」グランディがあたしを受けとめてくれた。

魔女はゆっくり背中を向けると、寝室しんしつのほうへ歩いて行った。

『…やっぱり、ノームのほうがべんりかねぇ……。』

魔女は小さくつぶやいたけど……あたしには聞こえてた。



グランディはあたしを暖炉の前までつれていってくれた。

そして、あたまからタオルをバサッとかけた。

「……よかったですわ。ホントに心配しましたのよ……。」

「あの…バズーは?」

「もう、もどってますわよ。」

「そう……よかった……。」

「あ・な・た・は!カラスのしんぱいなんかしてないで、もっと自分を大切に……」

ガシガシガシッとあたしの毛糸のかみの毛を、タオルでおもいっきりこすってきた。

「……ごめんなさい。……あと、お魚…とれなかった……。」

「いいですわ。いいですわ。お魚のかわりに、わたくしが…なにかで…うめ合わせを……」

「グランディ、泣いてるの?」

「オホホホ。わたくしとしたことが……そんなわけ……ございませんわ!」

グランディはそう言ったけど、クリクリの目がぬれてるように見えた。

その日の夜は暖炉の前ですごした。

グランディがずっと火の番をしてくれた。

パチパチと鳴る暖炉はとってもあたたかかった。

でもそれは、 炎のあたたかさだけじゃなかったと思う。

グランディはあたしにりそって、今日あった出来事できごとを話してくれた。

あたしはしずかにその話しを聞いた。

夕ぐれまえに、魔女がなにも言わずにいなくなってしまったことも……。




つづく

 

 

魔女 ランダ

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