一夜あけたら、たいへんなことになっていた。
ランダさんがベッドで寝こんでいた。
顔色は青く、汗もたくさんかいてる。
ほおに手をあてると、すごい熱。
息もあらく、とても苦しそう。
どうしよう……。
きっとあたしのせいだ……。
*********
「グランディ!どうしよう……。」
「……そうですわね……こまりましたわ。原因が病気なのか……それとも別の何か……。それすらもわかりませんし……。」
「きっと、きのう雨にぬれたから。ミシェルとかはアレ……" カゼ " っていうのになってた!」
「魔女が風邪?オホホホ。ちょっと考えにくいですわね。」
「じゃぁ、これってなんなの?あたし……どうしたら……。」
「エルシー。まずは、おちついたらいかが?」
あたしは心がみだれていた。
つらそうな魔女の顔を見ると、胸がしめつけられる。
昨日のことが頭の中をよぎっていく。
たたきつけるような雨。
容赦のない風。
そんな嵐の中ずっとあたしをさがしてたんだ。
昨日まであんなに元気だったのに……。
どうして……。
なにもできない自分がなさけなくて、かなしくなった。
魔女がうっすらと目をあけた。
そして辺りをゆっくり見回すと、あたしを見つけた。
『……ケケ…人だすけなんてするもんじゃぁ……ないね……。』
「ランダさん!だいじょうぶ?」
魔女はつらそうに息をはく。そして、あたしとグランディをしずかに見つめた。
グランディが心配そうに話しかける。
「わたくしたちに何かできること、ありませんかしら?」
「あたし何でもするわ!ランダさん。なにかできることない?」
魔女は天井を見あげ、そして大きく肩で息をした。
『ケケ……情けない。……人形を頼るように……なっちゃぁねぇ……あたしも歳、かねぇ……。』
魔女の声は弱々しく、しぼうるように言った。
『……クスリを……つくるよ……紙とペン、もってきな………。』
あたしとグランディは、ダダダッと魔女の部屋へダッシュ。
そう、あたしがガラスコップを爆発させた部屋だ。
あそこに色々と物が転がってたのを、あたしもグランディも分かってた。
「グランディ……、黒インクってこれだよね。」
「そうですわ。羽根ペンもゲットいたしましたわ。」
紙は……適当なのがなかったので、そのへんの紙ぶくろを手にとった。
「あ…ふくろの中に何か入ってる……。」
「今、ひつようなのは紙ぶくろの方ですわ。」
グランディはそう言うと、ためらいもなく紙ぶくろを逆さまにして中身をぶちまけた。
あ~ぁ……。
でも、こうしちゃいられない。あたしとグランディは魔女のところへいそいだ。
ベッドに羽根ペン、黒インク、紙ぶくろをならべる。
魔女はくるしそうな顔をしながらも、ペンを手に取った。
そして、ヨロヨロと紙ぶくろに文字をならべていく。
あたしには○や△にミミズがおどっているような ……絵か…じゃなきゃ記号にしか見えない。
これ、ぜんぜん読めない。
そもそも、ミシェルが読んでる絵本の文字だってわかんない。
魔女がつかう文字なんてなおさらだ。
そんなあたしを尻目に、グランディは「ふむふむ……う〜ん……。」とか言ってる。
「ねぇ、グランディ。読めるの?」
「もちろんですわ。クスリの作りかたを書いてますわ。」
「すすすす、すっごい……。」
「まぁ、それほどでもございますのよ。オホホホ。」
魔女は書きおわると、最後に、文字の一部分をマルでかこった。
『……これが……ない……。』
羽根ペンが手からこぼれおち、体を横たえると、そのまま目をとじてしまった。
「これってなんなの?ねぇ。」
あたしは魔女の服をゆすってみたが、深く息をするだけで反応がない。
ねむってしまったみたいだ。
グランディがあたしの肩にやさしく手を置いた。
「エルシー。今はそっとしてさしあげましょう。」
「……うん……。」
グランディとあたしは、魔女にしっかりと
毛布
をかけてあげた。
「" モラリィの花 " と書いてありますわ。」
魔女がさいごに、『 ない 』と言ってマルをした文字だ。
「ざんねんですが、わたくし、この花については何も知りませんわ。ほかの材料はおかたづけの時に見かけた記憶がございますけど……。」
「どんな花かもわかんないし……。それに、どこにさいてるの?」
「それがわかれば、苦労いたしませんわ。」
「だよね……。」
「せめて、このあたりにくわしい方でもいればいいんですが……。」
こっちに来てから出あったのって……、
「昨日、川でウンディーネって女の子に会ったわ。」
「ウンディーネねぇ……。」
「知ってるの?」
「水の精霊でございましょ。昔、何かの本で読んだことがございますわ。水の精霊がお花にくわしいとは、ちょっと思えませんわ。」
「う~ん……あっ!あと、ここに連れてきてもらったのが、たしか…の~…の?………そうだっ!ノームさんって小人だった!」
「ノーム!?
オホホホ。なぜそれを早く言わないんですの?ノームと言えば土の
精霊。
森や山のことは何でも知ってると聞いたことがございますわ。
これはひょっとすると、ひょっとしますわね。で、どちらにいますの?」
「わかんない。」
ゴゲッっ
「ぃで!!!」
間髪入れずに、グランディのこぶしがあたしの頭をヒット!!!!
「期待させておいて、なぐりますわヨ!!」
「ひどい……。もう、なぐってるし。」
「ハァ……。けっきょく、フリダシですわね……。」
「??でも、まって。ランダさんはノームさんたちを
召使
いにするために一回は会ってるはずよ。」
「ふむ…、つまりあの方はノームさんが住んでいる場所に一度足をはこんでいる……その
可能性
は十分に考えられますわ。」
「あ~……でも、ランダさん
眠
ってるし……。」
「そうね。当の本人からは聞きだせませんわ。その時、一人だったとすれば、残念、打つ手なし、となりますわね。」
「一人だったらって……まだ他にだれかいたっけ?」
「そう、あの方のいつも
傍
にいる……、」
「「バズー!!!」」
あたしとグランディの声がハモった。
あたしたちはかけ足で玄関を飛びでた。むかうは庭だ。
庭の柵の上がバズーのよくいる場所だから。
一直線にそこへ向かう。
「よかった。あそこにいますわ。」
グランディの指の先にバズーがいた。
いつものようにバズーが柵の上で遠くを見ている。
あたしとグランディはバズーの元へかけ寄った。
「ねぇ、バズー。ノームさんの住んでるところ知ってる?
もし、知ってるならつれてってちょうだい。
ランダさんを助けるためにモラリィ?って花の場所をノームさんたちに聞きたいの。」
バスーはちらっとこちらを見る。
ちょんと足元をけりあげると、バサバサっと飛びたった。
そして遠くはなれたのところの木に止まると、あたしたちの方をうかがっているような仕草をした。
「どうやら「ついてこい!」ってことのようですわ。行きますわよ、エルシー。」
「うん!」
*********
バズーが案内してくれたのは、魔女の家よりもさらに深く森に入ったところだった。
そこにはこの森一番じゃないかってくらいの大きな樹があった。
遠くからだと良く分かんなかったけど、近づくとその大きさは想像以上だ。
どこまでも広がる樹の枝は空をおおいかくしている。
これ、ドカーン!って落ちてきたりしないよね……。
そう思うと、なんだかゾクゾクしてきた。
バズーはその樹の枝に止まり、くちばしで枝をカッカッカッとたたいてみせた。
「どうやら、ここらしいですわ。」
「ひぇぇええ、おっきぃぃ!!」
「この森の守り神ですわね。樹齢何年でございましょう?」
「じゅれい?」
「えぇ、樹の歳ですわ。大きければ大きいほど歳をとっていますのよ。」
「へぇ~。おじいちゃんの樹なんだ。」
「この大きさなら数百歳……もしかしたら千年はこえていましてよ。」
「せん…それってもう、おじいちゃんこえてるよね…ははっ……。」
あたしは樹を見上げた。
すると、バズーは樹の中央に向かって、スゥ―と飛び下りていった。
樹の下は陽の光がとどかず、うす暗い。
バズーはその闇にとけ込んでいく。
「えっ!バズーっ、ちょっとまって!!」
あたしとグランディはあわててそのあとを追った。
樹の幹に近づく。
それはまるでどこまでも続くカベのように立ちふさがっていた。
バズーはその樹の根に舞いおりる。
そしてくちばしでクイッと合図をした。
あっ……穴が開いてる。
「ここ?ここにノームさんがいるの?」
「そのようですわ。」
「でも、まっくらだよ。」
「悩んでいてもしかたありませんわ。行きますわよ。」
「うん……。」
「そうですわ。バズーはここで待っていてくださいな。」
グランディの言葉にバズーはバッと木の枝まで飛び上がり、その場に座りこんだ。
そうだよね。バズーが一緒だと、魔女もいるんじゃないかってノームさんたちに思われちゃうもんね。
あたしたちは穴に入り、地下へと続く坂道を下りていった。
太陽の光がとどかなくなる地面の下はまっ暗で、なんにも見えない……と思ったんだけど、
「びっくり。明るい。」
「そうですわね。これはヒカリゴケのせいですわ。」
グランディが言うには、" ヒカリゴケ " はランプのように光る植物らしい。
道の上にところどころそれが生えてて、足もとをほんのり照らしている。
おかげで歩くのには困らなかった。
しばらく進むと、広い空間にでた。
天井にはさっきのヒカリゴケがまぶしいくらい、空のように広がっている。
その下には小さな家が建ちならぶ村があった。
「ここがノームさんたちの住んでるところ?」
「でも、だれもいないですわね。」
物音ひとつしない。すっごい静かだ。
あたしたちはテクテクと歩いていき、広場についた。
え~と……だれにも会わなかった。
「お〜い。こんにちは〜。」
「ちょっとぉ?どなたかいらっしゃいませんの?」
すると、むかいの家の窓から赤い帽子がちょこっと動いたのが見えた。
あれ?あれはたしか、ノームさんの……
「エルシーだ!みんな!エルシーが来てくれたよっ!!!」
家の中から無邪気な声が響いてきた。
タタタタッと3人のノームがかけよってくる。
見おぼえがある。あの泣いていたノームさんだ。
「へへへっ、こんにちは。っとと…とっ!」
ノームさんたちは、あたしにギュっとハグしてきた。
「だれかと思ったよ。」
「そうそう、知らない足音だったから、みんなでかくれてたんだ。」
「ねぇ、みんな!!代わりに魔女のところに行ってくれたエルシーだよっ。」
ひょこひょこと、どこからともなくノームさんが姿をあらわす。
おそろいの赤い服を着たノームさんが、
ふたり…さんにん…?じゅう……にじゅう…さんじゅ…えええっ!!!
こんなにいたの?ってくらい出てきた
ノームさんたちは、あたしたちを歓迎してくれた。
魔女の家の前でわかれたあと、あたしのことを心配してたんだって。
「えへへっ。あたしは元気だよ。」
「ホント、よかったぁ~。」
変わらない様のあたしを見て、ノームさんはすごくよろこんでくれた。
あたしは、今日ここに来たワケを話そうとした。
「魔女のランダさんが病気になったの。今はベッドで眠ったままなの……。」
あたしの言葉を聞いたノームさんたちは、
ヤッタァアァァァァァ!!!!
ヨッシャァァァッァァ!!!!
これで安心できるぅぅぅっぅぅぅ!!!!
ざまぁあぁぁ!!!!
よかったぁぁあぁぁぁあぁっぁ!!!!
ノームたちは大声でよろこんだ。
とんだり、はねたり、手をたたいたり。
あたしはちょっと戸惑った。
そうよね……ノームさんたちは魔女がこわかったんだ。
その魔女が病気で動けない。
あたしの言葉を聞いて、よろこぶ気持ちは……その通りだって、分かる。
横にいるグランディはウデぐみをして、だまってる。
何やらムツカシイ顔をしてる。
あたしはノームさんたちのよろこびが少しおさまるのを待って、話を続けた。
「じつは、昨日ね……。」
川に釣りに行ったこと。
大雨で川が洪水になったこと。
川におちて、魔女に助けられたこと。
きっとそのせいで魔女が病気になってしまったこと。
「だから、ランダさんの病気を治したいの。おクスリを作るのにモラリィって名前の花がいるの。どこにあるか知らない?」
……………………………
……………………………
……………………………
あんなにはしゃいでいたのに、ノームさんたちは急にだまりこんだ。
もちろん、こうなることはわかってた。
魔女が元気になって、ノームさんたちにいいことなんて何もない。……でも、
「モラリィのこと……教えてほしいの。」
あたしはノームさんにお願いした。
続けて、グランディがあきれたように横から声をだす。
「知ってますの?知らないんですの?それくらいおっしゃってくれもてもいいんじゃございません?」
ノームさんたちはお互いに困った顔を見せあっている。それだけで、返事をするようすはない。
魔女はだれだって
怖いって思ってる。
見たことなくたって、会ったことなくたって、当たり前のように怖いんだ。
ウンディーネだって、その名前を聞いただけでふるえ上がって、川の中に帰っていった。
そんな魔女が、『召使いをよこせ!』なんて言ってきた。
召使いに行けば、二度ともどってこられない。そう思ってた……。
でもその魔女は、今、ベッドから動けない
このまま…どうにかなれば、この先……ノームさんたちは安心して
暮らせる。
きっと、そんなことを考えてるんだ。
わかるけど……あたしだってあきらめられない。
「……ランダさんを助けるの。……おクスリ作る…の……。」
みんなからは声ひとつでない。
「エルシー。時間のムダですわ。帰りますわよ。」
グランディはクルッと向きをかえ、出口の方へ歩き出した。
せっかく希望をもって来たのに。あたしはかなしかった。
「……わかった……ムリ言って……ごめんなさい。」
あたしは、グランディの背中を追いかけた、その時……
「―――知っとるよ。モラリィの花の場所じゃろ。」
ノームさんたちの中から、ゆっくりとした足どりで一人が前に出てきた。
声の主は、白いヒゲをたくわえたおじいちゃんノーム。
「やれやれ…しょうのないやつらじゃ。エルシーさんがワシらを助けてくれたこと、もう忘れてしまったのか?こまった時はお互いさまじゃろう。のぉ…みんな……。」
「あの……、それじゃ……。」
「エルシーさん、そして、そこの美しいお嬢さん。少しだけ、ワシらに時間をもらえんかのぉ。」
ふり返ったグランディの目がキラリと光る!
「うつく……。あら…まぁ、そこまでおっしゃるなら…ホホホ……少しくらい、まってあげてもよくってよ。オホホホ。」
グランディってば、調いいんだから……。
でも今のって、グランディがキゲン悪い時につかえそう。カキカキ…おぼえとこ。
このあと、おじいちゃんノームはみんなをやさしく諭してくれた。
はじめはみんな、ムチャだって顔してたけど。
だけど、おじいちゃんノームの説得で、魔女が元気になるまでノームのみんなが手伝ってくれることになった。
よかった。これでモラリィの花の手がかりがつかめる。
「ありがとう。おじいちゃん。」
「いやいや。エルシーさんには、本当にみんな感謝しとるんじゃ。」
「そんな…。えへへっ。」
おじいちゃんノームが静かにあたしによってきた。
そして、他のノームさんたちに聞かれないようにコショコショと話しをする。
「エルシーさんや。ワシらはそれでも魔女をおそれておる。それはわかってくれ……。」
あたしも小さな声で「うん。」ってかえした。
つづく
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